お金は「ありがとう」の記録メディア

いよいよ学校は冬休みです。年末・年始と子供たちにとっては楽しい行事が続きます。お正月に家族や親戚にお年玉をもらう子供たちも多いでしょう。小学校高学年ともなれば、家族や親戚にもらったお年玉をどのように管理し、使うのかを自分でしっかり考えたいものです。

学校では、算数の授業でお金の計算をする場面はあっても、お金そのものの意味を深く考えることはまずないですね。そこで今回は、普段あまり考えることのないお金の意味に関する話をしたいと思います。

 

お金のそもそもの起源をご存じでしょうか?

遥か太古の時代、食糧、服、住居などの生存に必要な物資はすべて自然(神)から与えられる恵みと考えられていました。したがって、収穫したものの一部は必ず自然(神)への感謝として奉納していました。

その後人々は食糧などの物資を互いに交換するようになりましたが、交換する際にも自然(神)への感謝を忘れませんでした。神社の前に市場があったのはこのためで、神の前で物資の交換を行ったのです。

次第に物と物との交換では保存などで効率が悪い面もあるので、交換の道具として貝殻や金、銀を使うようになりました。貨幣の誕生です。貨幣は紙幣へと進化し、原価がほとんどかからず持ち運びもしやすい紙が通貨になるという大革命が起きました。

やがて人々は生存に必要な物資以上の紙幣(お金)を追い求めるようになり、常に欲しいものが手にしているお金よりも重い状態、多くの人が必要以上のお金にフォーカスする社会になったのです。

 

このようにお金の起源を考えると、お金とはそもそも人々の自然(神)への感謝が形を変えて流通してきたものだといえます。

現代では、お金は労働の対価として、つまり働くことによって社会に何らかの価値を与えたことへの感謝として巡ってくるものだといえます。

そのようなお金で買った身近にある物、例えば家具や衣料品、お米などの食料にも感謝が詰まっているといえます。原料を生産した人、製品や食品に加工した人、流通・販売した人の思いがそこには詰まっているはずです。ごはんを一粒残さずいただくのは、生産者への感謝があるからです。

 

お金に感謝が記録されているのだとすると、お金を使うことは感謝を巡らせることでもあります。節約してお金を貯めることを美徳とされますが、全く使わないのは「感謝を巡らせない」ことだという見方もできます。

お店で何か物を買ったときには、店員さんがお客さんに対して「ありがとうございました」と言いますが、「ありがとう」はむしろ買い手の方が売り手に対して言うべき言葉だともいえます。なぜなら、買い手は価格以上の価値をその商品に感じるから売買が成立するのであり、少なくとも等価以上の価値を買い手はもらっているのだから感謝するのは買い手の方です。「お客様(買い手)は神様なんだから、向こう(売り手)が感謝して当然、こちらは無言」というのは少しさみしい気がします。

 

では、感謝が生まれる源は何でしょうか?

それは親から受け継いだ命です。冨の源泉は命そのものなのです。自分の命を生かし切ったとき、感謝は巡り巡って自分のもとにより大きな富(お金だけではありません)として戻ってきます。

自分の命を育んでくれた親、先祖、自然、郷土に感謝したいですね。

 

年末年始にお小遣いやお年玉をもらう機会があったら、きちんとお礼が言える子であってほしいですね。家族や親戚の方に感謝の気持ちをもつのはとても大切なことです。

では、お小遣いやお年玉を渡す方は何と言えばいいのでしょう?

お金に感謝が詰まっているとしたら、渡すときにどんな「ありがとう」を子供に伝えますか?

 

ぜひ素敵な言葉を考えてみてください。

 

<参考>
神田昌典、ポールシーリィ講演「資金力&影響力」
(2013年6月29日 東京日本橋・三越劇場)

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masaki
誰もが自分の個性や才能を生かして、望む人生を自由に生きられる社会の実現を目指しています。今まで教育に携わりながらコーチング、心理学、カウンセリング、占星学、学習法など、個人の成長や能力開発に関わることを学んできました。このブログで発信する情報が、自己理解や他者理解を深めるきっかけの1つになれば幸いです。
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